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2008
02.29

病名告知

患者友達のブログに病名告知の話題がありました。

若年性パーキンソン病患者はたいてい、病名を告げられるまでに、数年~私のように数十年病院ジプシーをしている人が少なくありません。
たいていは、内科、整形外科、脳外科、心療内科など、いろいろな科を回り原因不明、とか心因性との診断で数年があっというまに過ぎていくようです。

友人は整形外科病院を2年まわり、検査を繰り返し、2年を過ぎたころ、ようやく神経内科へたどり着いたようです。
やっとたどりついた神経内科の医師は、ちょっと腕を持って回し、

「パーキンソン病ですね」とつげ、

「その眼がね、だんだん瞬きをしなくなるんですよ。やがては寝たきりになります」
といったそうだ。

私はといえば、小学校時代からの体調不良からスタートするので、小児科、内科、神経内科、心療内科。
結婚してからは、内科、整形外科、婦人科、と次々とおせわになり、たまたま、夫の主治医が私の手の震えを見て、週に一度その病院にいらっしゃる神経内科医の受診を進めてくださった。
ここまで20年の歳月がかかりました。

先生は、診察室に入る私の足取りを見て、すぐにお分かりになったようだが、手の動き、足の運び、姿勢保持などからだの一連の動きを確認され、その後鉛筆を持たせて、カルテに名前を縦、横に記入し、大きな渦巻きとカルテの横幅いっぱいに波せんを書くように言われました。
そう時間をおかず、先生は来週家族と一緒に来るようにと言われましたが、私は想像される状況があるのであれば、心構えをしたいと無理にお願いをしたのです。 続きを読む
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2008
02.25

はじめての料理

Category: おいしい
sakenohoiruyaki


むかーし、むかし。
はじめて作った料理って覚えてます?

私が母に教えてもらって一人で全部作ったと記憶しているのが今日の夕食メニューだった「鮭のホイル焼き」

小学校1年の時でした。

それまで、とんかつの衣つけ、とか、絹さやの筋をとるとか、些細な手伝いは幼稚園時代からやっていたものの、なかなかガス台を解禁してもらえず、ご飯らしいものを作らせてもらえなかったのですが、妹が生まれて、たぶん産後の体調の悪かった母がどうにか私に何かをさせようと思ったらしく、教えたように思います。

妊娠中から買い物は私の役目となり、母が毎日書き出してくれるメモをみながら、夕方には買い物へ出かけるようになりました。

入院中は1時間ほどの所にすむおばが毎日通ってきてくれたものの、母が退院すれば、同じ年代の子供を抱えるおばが家をあけるのも大変だったんだと思います。

私と弟と生まれたばかりの妹を抱えて母も、危ないとも言っていられなくなったのでしょう。
布団の中から、なんだかんだと言われながら作ったのを覚えています。

一度解禁してしまえば、あとはあっという間で、この鮭のホイル焼き以降はカレーやシチュー、ハンバーグ、野菜炒めなどなど、次々と夕食になるものを教えてもらったように思います。

久々に登場した鮭をみながら、遠い昔を思い出しました。
小さなガス台、木のまな板。そんなものまで覚えているものですね。

※すみません。写真はレタスクラブさんからお借りしました。
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2008
02.21

日本人

Category: 未分類
去年からはまっている折り紙シリーズ。

どうにかしてマスターしたい川崎ローズ。

が…
3ヶ月チャレンジしているけれど思うようにならないのです。

ふとしたきっかけで、youtubeに折り方ビデオがたくさんUPされているのを発見。
平面の折り紙を立体にするところや、微妙な加減でおりあげるこつがよくわかるのですが、いろいろやってみているのですが、肝心なところが形にならず沈没しています。

うぅ~、こんな風にきれいに折れるようになるのかなぁ。

この披露したい気持ちがわかる!!

kawasakirose


(動画の掲載が出来なかったのでこちらは完成図)

いろいろな方が動画投稿しているのですが、折り方の手順も様々。
外国で有名なので、投稿者も外国の方だったり、説明も英語だったり、どこかの言葉だったり…

結局展開図の折り線をひたすらつけて、形をとっていくこのバラは、数学学者の川崎博士考案でもあるので、展開図を書き、それを山谷に負っていくと思えば、手順は多少違おうと、いいみたいなんですが、そうはいってもなかなかうまくいきません。

日本人としては、折り紙ぐらいは、外人パワーに負けずに、どうにかマスターしたいんだけどなぁ。

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2008
02.16

あ~怖かった。

子供たちの通院に付き添ってでかけました。
この病院、なだらかにつづくだらだらの坂道の途中にあります。
私にとってはこの"なだらかな"というのが鬼門です。
上りは、長くて嫌だなぁと思いながらもどうにかなるのですが、くだりは辛くて、今日もちょっとひっかかるものがありました。

案の上、受診を終えて、下り坂にかかると、どうにも嫌な感じです。
私のパーキンソン病は体の動きを司る神経伝達に支障の出る病気なので状況の微妙な変化に合わせて体を切り替えることが苦手です。

下り坂では一歩、二歩と進むうち加速して足の動きがついていかなくなり、転倒してしまうのです。

こういう時、道路の反対側が建物やブロックなんかだと、そこを手すり代わりに支えていけるのですが、この道は病院や駐車場と左側には一切支えられるような場所がありません。
ガードレールは低くて支えにはならないし、で、電信柱から電信柱をたよりに、電信柱のたびに止まってはスピードを殺して、新たに歩き始めるという技を取得しました。

しかし…
パーキンソン病ってはじめの一歩が出ないんです。
「すくみ足」っていうんですけどね。
ですから、歩けば5分の道を30分ぐらいかけて、坂道を下ります。

ちょうど、懐かしいマニュアル車。
教習所でエンスト起こしてはガタガタ…止まる。
坂道になっては、ギアチェンジがスムーズに出来なくて車は空回り、あわててギアを下げたら、ガタガタと車が揺れてストップ!
教官に怒られ、情けなくて涙をこらえて…。
私の体はあんな感じになっています。

これを駅前の交差点でしているわけですから、周囲の不気味な人を見る視線も気になりますが、もうこのときばかりは坂道を下ることだけしか見えていません。

時間がかかるからと息子たちに買い物を頼んで、別行動にしたことをどれだけ後悔したことか、この後危機一髪な事態になるとはそのとき想像もしていませんでした。

やっとの思いで坂道をくだると、そこは駅前の2車線道路です。
駅に戻るタクシーや、バス、沿線に出るための大型車も通るような主要道路なんです。

普段は何でもなく渡る道路です。
数年前の体調が悪かったころは、1度の信号でわたりきれず、必ず途中の中央分離帯で信号が変わるのを待ったのですが、最近は気にせずにわたれるようになっていたので、そんなことも忘れていました。

坂道は思うようにいかなかったものの、そんなに体調が悪かったわけではないので、考えることなく道を渡り始めてしまいました。

思うように足が運べません。
でも、私の頭の中では前に進むことしか考えられません。
いや、「ほかのことを考えたら止まる!」そう思ったので、回りを見ず足を前に踏み出すことだけを考えました。
牛歩戦術ならぬかなり重い足運びだったと思います。

でも、車の流れはとまっていたのですが…
渡り終わるのに後数歩というところで、大きなクラクションを鳴らしながら黒いBMWが私の背中を過ぎていきました。
最後の一歩の足が出なかったら、たぶんぶつかっいたでしょう。

本当に怖かった。

あわてて数歩進みました。
あ、まずい…
「本当に怖かった」そう思ったときに、私のドーパミンは一気に放出してしまったようです。

1,2m進んだ坂道を上り始めた所で、私の足は一歩も前に進まなくなってしまいました。
そこは消防署のわき道。
消防署の隊員さん達が、すぐ目の前で談笑したりストレッチをしたり、訓練していますが、立ち止まっている私がまさか足が動かず固まっているとは誰も思わないようです。

その間も細い坂道を自転車が通り、高校生がすれ違っていきましたが、みんな道の真ん中で立ち止まっている変なおばさんとしか思ってくれていないようです。

こういう時は、首も固まっていて声が出ないのです。
どれだけの時間が過ぎたのでしょうか。

買い物で分かれた2号が買い物を終えて、
「何してんの?」と声をかけてくれました。

あ~助かった。

状況を把握した息子はどうする?
消防の人に手伝ってもらう?救急車呼ぶ?(って駐車場から出るだけだし、病院じゃなくて家には運んでもらえないし…)

ということで、自宅からカートを運んできて、無理やり突き飛ばされてカートに乗せられ、家まで運んでもらいました。
夫が出かけていたので、息子二人に引きずられるように、2階の玄関まであげてもらって、家に入りました。

病院から出てすでに1時間。

本当に怖かった。
最近、調子がよくて、いつ止まるかわからない体だということを忘れてました。

朝ちゃんと薬飲んでいたのになぁ。
調子がよくなったらなったで、いろいろ大変なんだなぁ。
久々にちょっと落ち込みました。

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2008
02.12

思い出の松本楼

Category: つぶやき
今日は夫婦で都内の某大学病院へ診察に出かけてきました。

各科での診察を出来るだけ同じ日に受診したいので、自宅を10時前に出かけても、病院を出たのは5時と一日仕事です。

昨年末入院中に受けた検査結果を聞き、午後からは予約していた検査を受けたり、 定期的に出来てしまう目の水泡をつぶすために眼科へ行ったり、広い病院の中を上ったり降りたり、行ったりきたりです。
午後の検査のために朝食抜きだったので、おなかがすいて、待ち合わせ時間の合間に病院内のレストランでで遅めのお昼をとりました。

病院にはレストランが2軒。
彼の地にテレビ局があったときからの"ラポルテ"と"日比谷松本楼"

数年前に改装された広々とした外来棟にある日比谷松本楼はいつも行列になるので、並ぶのがいやな私たちは、不便といいながらもいつもラポルテか、テレビ局撤退後も細々と営業している何件かのお店に出かけるのですが、今日は時間がずれたので、念願の松本楼へ出かけました。

メニューは名物カレーと決めていたはずなのに、結局、夫はオムハヤシ、私はシーフードドリアを注文しました。
周りのテーブルをみるとたいていがこの3つのメニューを注文しているみたいです。
松本楼

日比谷松本楼といえば、私には懐かしい思い出が…。
20数年前、私が某省庁でアルバイトをしていたころ、日比谷公園内のこの松本楼によく同じ部署の職員の方たちが連れて行ってくださいました。

松本楼へ行くときは、いつも天気がよくて、庭と広い窓からは緑があふれ、真っ白なテーブルクロスの上で、食器と新緑がきらきらと輝いているのが印象的でした。
優雅なこのお店での結婚式は憧れでした。

創業100年、秋には名物10円カレーのイベントもあり、歴史と古くからのファンに囲まれながら、かわらない時間が過ぎている素敵な場所でした。

20年の時間がたって、ところ代わり病院の一角ではありますが、なつかしの松本楼。

味が変わっているのかは舌に記憶がありませんでしたが、なつかしの洋食は病院らしくない、光がたくさん入るスペースで>本家松本楼の幸せな気分を思い出させてくれました。
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2008
02.11

脳ブーム

巷では、ここ数年"脳ブーム"らしい。

養老先生のバカの壁とか脳研究をされている茂木健一郎さんなども注目されて、あちこちで脳の中のメカニズムや新しい治療法、効率的な勉強法なども研究され、一般の人にもわかりやすい手法でとりあげられている。

私の脳の中では、自分も、医師もわからない何かが起きて病気になっているわけだけれど、どなたか、もっともっと私でも一般な人々にもわかりやすく、説明してくださらないかしら。

昨日も10数名の患者さんが集まった。

あぁ、そういう時期もあったよね。
次々現れる症状や、薬の調整にと翻弄される日々に立った方の先行き不安なお気持ち、わかるんです。
私も辛かった。毎日が不安で怖くて…

でも、その時から数年がたち、あのころが懐かしい、薬の調整が難しくなり動き続けては、もうどうにもならない毎日から思うと、症状が出ていても薬の効果のあった日々がよかったよね、そういう患者さんたちの気持ちも。

どの方も否定するでも賛美するでもないんですよ。
お一人お一人が今を一生懸命受け止めて、先に進もうとされている。
その思いを一緒に受け止めていける、それだけでいいんです。

家族も、医師さえもわかってもらえない症状の中で、見知らぬ誰かが、病気に関心を持ち、ほんの少しでも温かな言葉をかけてくれて、自身の事として受け止めてくださる、それが何より嬉しいのです。

誰もが
私も明日パーキンソン病になるかもしれない。
親がパーキンソン病になるかもしれない。
そんな風に思ってくれたら、そういうときに、誰かが思い出してくれて、お役にたてるなら、数年先に私が病気になったことも満更じゃない。

それが病気を抱えている私たち、いえ私の支えなのかもしれません。
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2008
02.09

雪の中、リラの会

リラの花


雪の中、第2回リラの会交流会を開催してきましたー!

かなり余裕をもって、みんなのお昼買って行こうかぁ、なんて言っておきながら、あまりの寒さに途中でジストニアを起こしてしまって、乗り換え駅7分の道を30分近くかけて歩いたり、2時間以上かけての珍道中でぎりぎり到着。
豪華なお弁当が私を待っていてくれました。(爆)

途中、欠席や遅刻のご連絡も入る中、どの患者さんも、同じような体調だと思われるのに、今回は30名の方がご参加くださいました。
ありがたや~

  フリートークに歌にちょっと体操。
  本当に準備は少し、皆さんのお話に頼りっぱなしの会ですが
  お一人お一人の気持ちが伝わるあったかな会です。

  詳細は、リラの会ブログで…

たくさんの人の元気になりたい、楽しくすごしたいという気持ちと、出来ることで応援させてもらいたい、そう言ってくださる気持ちが合わさって、外の寒さを吹き飛ばし、ただただあたたかな、和やかな、ひと時でした。

終了後は、会場で、残ったお菓子とさめたお弁当をたべながら、スタッフの皆さんと反省会。
おなかがよじれるほど笑って、幸せを実感して、いっぱいエネルギーをもらって帰ってきました。

地元駅についたら、すごい雪。
同じ東京とは思えない風景でしたが、まっしろな気持ちで帰ってこられて、心は温かで、行きの辛さはどこへやら。

やはり病は気からのようです。

参加者の半分が健康な方という、ちょっと異色な患者会ではありますが、共生社会の具現化~なんでお題目でない、あたたかな会を大切にはぐくんでいきたいとあらためて思った一日でした。

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2008
02.05

たかが名前、されど名前

Category: 仕事のこと
新しい仕事を始めるにあたり、あわてて、書類の整備をしています。
いろいろな書類を参考にしながら記入例を作るのですが、これが結構笑えまして。

例えば^^;

氏名 〇〇〇〇(ここからひっかかってどうする…なんですけど。)
この〇〇の所に何かを入れようといろいろな会社の書式などを調べてみると…

1.会社名をつかって
  セゾンカードは「西武 一郎」とか、銀行だったら「三菱 太郎」

2. 地方自治体だと
  「千葉 花子」「東 京子」「山梨 桃子」

こういうのは一般的なんですが、弊社、ちょっとカタカナ三文字で、その上漢字にはめるとどうしてもしまりがなくて使えません。

それなら…ともう少し個性的なものを探してみたら、ちょっと首をひねったり、笑えるのもあったりします。

3. 可もなく、不可もなく
  「鈴木一郎」とか「佐藤 あや」など同姓同名の方がいそうなお名前

4. 有名人系
  「木村 拓也」「吉永 小百合」「高倉 健」等
  なぜか、国民的な役者さんということなんだと思うけれど、若い人
  にはあまり馴染みのない有名人の名前が多いんですね。

他に…
高齢者対象だからとはいえ
「高齢 仙太郎」って、なぜ"仙太郎"?
希望系?
 「天職 叶恵」「青空 晴男」「大海 望」

たかが名前、たかが記入例、こんなことばっかりひっかかっているので、なかなか仕事がすすすみません。
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2008
02.03

雪だるま

Category: 家族のこと
一面の銀世界♪

節分を前に降る雪が好きです。
きれいにすべてを清めて新しい春を迎える、毎年そんな気がします。

庭も一面真っ白でCooは外に出たくないようで、さきほど やっとあきらめて用を足しに出ていました。
子犬の頃は喜んで飛び回っていたのに…。

雪だるま


子供たちも庭で雪だるまを作る年ではなくなったようです。
たった2年しかたっていないのに、可愛くなくなったものです。
http://yaplog.jp/egaogenki_plog/archive/136

ちょっと思い出して2年前の雪だるまに登場してもらいました。
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2008
02.02

手前(じゃない)味噌

Category: おいしい
冷凍餃子が話題ですが…

友人からご実家お手製の手作り味噌を送っていただいた。
ご実家では樽にたくさんお味噌を作られるそうで。

これが懐かしくていい♪
スーパーの安売りの出し入りハナマルキに慣らされたわがやには
なんだかにおいも、塩加減の効いた味も新鮮。

お味噌自体が立っているというか、強さがある。

早速、その晩に味噌田楽にしていただいた。
一緒に贈り主料理理上手な友人におしえていただいたねぎ味噌も作成。

このねぎ味噌、そのままでも、ちょっと焼いても、これだけで
お酒が飲めそうに、んまい♪

このねぎ味噌で焼きおにぎりをしたり、ゆで大根にはさんで
両面焼いただけでも、お弁当にいいし…。

自家製なら手前味噌。
頂き物のときはなんていうんでしょうね。

手作り崇拝は好きではないのだけれど、こういう手作りなら 大歓迎。
これで何をつくろうか、とその楽しみも大歓迎。

ありがとう!持つべきものは良い友人。(*^^)v

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