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2008
05.31

大発見!!今日は要注意!

病名告知から5年が過ぎ、いろいろな症状には悩まされながらも、この半年ぐらい気持の上では落ち着いた日々が続いています。
一時お祭りのように出ていた、ジストニアや無動の症状とも折り合いがつけられるようになってきて、症状に一喜一憂しなくなったこと、薬を飲むタイミングを見計らいながらではあるけれど、杖も不要となり、外出も支障がなくなったし、自分の目指す仕事も一歩一歩前進しているからかもしれません。

次のステージまでの小休止だとは思うのですけど。

2年前にこんな投稿をしました。
バッテリーフル充電の秘密
自分で書いた文章がなら、2年前のほうが文章が穏やかな気もしますが…。

去年から長男の高校進学にあわせてお弁当生活が始まりました。
実際には30分とかけていないお弁当ですが、2階の息子を起こしつつ、1階から声をかけたり、時には階段を往復しながらは結構しんどくて、ついつい階段の上り下りをせず、下から奇声をあげて、それもぐったりと疲れてしまったり。

それでも、一日の最初の薬はフル充電で飲みたいので、今は薬は息子達が学校へ出かけてからの時間へ移して、ゆっくり飲みたいのです。

いつも自分の体の中のドーパミンの残量のわかるメーターが欲しいなぁ。
薬の切れる3分前に点滅するカラータイマーがあったらなぁ。
とつぶやいていますが…

(前置きが長い)
今週になって大発見!
朝、今日の体調の様子のわかるチェッカーがありました!!
おにぎり
それは、"おにぎり"
高1息子のおなかの中はどうなっているのか、食べても食べても満たされないようで、食べ終わった途端に次のおなかの虫が騒ぐので、お弁当プラス、空腹時用におにぎりを持たせています。
この"おにぎり"、朝の炊きたてご飯をさますために、ボールに取るので毎回の量はそんなに変わらないはずなのに、無意識に作るおにぎりが2個になる日と3個になる日があるのです。
2個と少し大きめのおにぎりが作れる日は体調が良く、3個に小さなおにぎりしかつくれない時が要注意。

文字も体調の悪い日は小さな文字になりますから、手の動きの大きさと脳の中での働きに何か関連性があるのかもしれません。

今日のおにぎりは3個半。あれ?
小さめののり玉おにぎりになってしまいました。
天気予報では台風が来ているようで…納得。

息子二人が学校へ出発してほっとするのが7:30頃、この頃が私のバッテリー充電タイム。
1回目の薬を飲み、朝ドラやワイドショーをつけながら、メールやブログをチェックして歩いています。
この時間が至福のときかもしれません。
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2008
05.26

メッセージ

アクターズスタジオインタビュー

この番組大好きなのです。
NHKBSで時々、不定期に何回か分をまとめて放送してくれています。

ロバート・デニーロやアルパチーノもよかったけれど、モーガン・フリーマンとか、ベン・キングスレーなんかは人種問題とか哲学家のようで、一言一言が重くてインタビューを見た後は、なんだか出演される映画まで風景が違う気がしました。

で…
われらがマイケル。
ラッキーマン
先週、2005年収録の再放送がありました。
何度が再放送もみています。
自分でも録画していて、元気がなくなると繰り返しみているのですが…

ありがたいことにyoutubeに5回に分けてUPしてくださった方がいらっしゃるとファンの方に教えていただいて今日、あきずにまた見ちゃいました。

このNo.5にスタジオの学生との質疑応答シーンがあります。
二人の方が質問しているんだけれど、二人目の最後の質問、このシーン、もう何度見ても涙が出ます。
マイケルが病気とどう向き合って、自分の病気をカミングアウトしたか…。
お時間のあるかた、ぜひご覧ください。

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(学生さんの質問)
スターであるあなたが病気を公表して事情を語ったことでの影響は…

(マイケル・J・フォックス)
病気によってぼくは 多くの意味でカナダ出身のただのマイケルに戻った。

病気は誰にでも平等なんだ
1つ気をつけたのは
"大丈夫だ心配しないで"と人を安心させようとして 簡単そうに言わないことだ。
"平気さ"なんて言えば
ぼくのような特権も泣く本当に苦しんでいる人たちを 傷つけることになる

医療費 失業 世間の目に苦しむ人たちが大勢いるんだ
ある人はこういわれたそうだ
"マイケルと同じ病気だね"
パーキンソン病の患者が ぼくの影響で社会参加しやすくなったという話も…
それはこの状況から得たすばらしい贈り物なんだ
意図したわけではなく結果としてそうなった。

演技でも人生でも 何においても大切なのは
誠意を持って
身近な正しいことをすることだ

この病気はつらいものだ
時々顔にも症状がでる。
レモンを食べたときのような顔になり そのまま45分間ぐらい動かない。
ひどい苦痛だ。

そうなったら、意識を別の所へもっていき 治るまで待つしかない。
すべてを受け入れて実を任せ そして乗り越えることだ
禁酒に似ているかな

克服できると信じるんだ
あきらめる 自暴自棄になる 自殺するなんてことは ぼくはしたくない

行く末をみとどけたい
すばらしいことが起こるさ
この病気をくぐりり抜けたときにはね
恐怖や世間の目や 今後の不安をくぐりり抜けたら
きっと何かが起こる

何かはわからないけれど 起こる確率は高いと思う。

ぼくは賭けてみたい。
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マイケル・J・フォックス自らを語る (5)
http://www.youtube.com/watch?v=UASRq-_C380&feature=related

お時間のある方、ぜひご覧ください。
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2008
05.25

浅漬けの季節

Category: おいしい
nasu
お安いなすが並ぶようになりました。
一年中出回っているし、和・洋・中、何にでもおいしいナスが大好物です。

ご近所で地場のとれたてなすがおいしそううだったので、早速、浅漬けにしました。
適当に切って、塩振って、ジプロックに入れただけ…。

2年前の今頃買った、ガラスの漬物器も今年初めて出してきて、キャベツ、きゅうり、大根
をたっぷり切って、つけました。

nasu tusukemono
夕食の頃にはおいしく漬かっているといいな。




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2008
05.22

笑顔になりたい

4年前ブログを始めたとき、タイトルに"笑顔&元気"とつけました。
パーキンソン病になって私が失ったものは"笑顔"と"元気"だったから…
今もブログタイトルの所には
"当たり前の笑顔と元気を忘れないように"とあります。

パーキンソン病になると体中のあちこちの筋肉が固くなります。
固縮とよばれ、手足の動きがぎこちなくなります。
関節がぎこちなく、ギコギコと歯車が回るような抵抗を感じることから
「歯車様固縮」と呼ぶこともあります。

手足の固さやぎこちなさは話題になりますが、同じように顔の筋肉
も固くなり、顔の表情が少なくなったり、目の動きがぎこちなくなったり
表情が固くなり、「能面顔」と呼ばれています。
何気ない笑顔、やわらかな表情を失ってしまうのです。



アリとウィルスミスの対談です。
アリがぎこちない、固い表情をしています。
自然に柔らかな表情のウィルスミスと対照的です。
インタビューにこたえてアリが話すときには、一生懸命笑顔を作っている
ような気がします。
意識しているときとしていない時の表情が全然違います。

私もこどもたちに
"何か怒ってるの?" "具合悪いの?"と聞かれることもしばしばです。

私も人前では意識して一生懸命笑顔を作っていますが、それも緊張して
疲れます。

何気なく微笑んでいる。
そんな当たり前なことも、P病患者にとっては厄介なことの一つ。
愛想がない、何となく気難しそう、そんな印象もP病患者共通の症状かも
しれません。


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2008
05.20

想像力

sora

ジョンレノンは言いました。
「想像してごらん!」

平和の象徴のように歌われるイマジン(imagine)

私たちの病状は知っているようでも、なかなか実体としては理解してもらえないことが多いです。
本を読んだり、周囲の方に説明しても実感としては伝わらず、患者は置いていかれたような孤独感と戦っています。

想像してみてください。
あなたの手がいつも振るえているとしたら…
出来れば想像だけでなく、どこか指1本をずーっと振るわせて見てください。
5分続けて振るえさせていられますか?

こんな風に病気に気づく人が多いようです。
この頃は気のせいかな?なんか変だな?と思いながら病院へ行く人は少ないようです。

最近、電動で体を振るわせる器具でのダイエットが流行しているようですが、そんな機械を使わなくても、体の一部がずっと振るえていると体力をとても消耗します。
何となく、疲れやすい、思うように体が動かない。
何となくどこか変だなぁと不安に思いながら、信じられない気持と葛藤が続くのが初期の頃です。

パーキンソン病の振るえは何か体を動かしたり、眠ると、振るえずに止まることも多いので「安静時振戦」と呼ばれています。
振るえない時間があることで、気のせいかな?初期はそう思わせることも多いようです。

次に、手を軽く握り、手首を振るえさせてみてください。
この状態で文字を書いたり、洗い物をしたり、人前に出ることを想像してみてください。

振るえたまま手を上にあげてみてください。
高いところの物をとったり、洗濯物を干したりはこの状態でしています。
バランスをとるのが難しくないですか?
ぐったり疲れませんか?

この頃になると周囲の人も振るえに気づき、生活に支障が出てきます。
隠し切れなくなり、周囲の目も気になります。
マイケルJフォックスは、いつもズボンの後ろポケットに片手を入れて過ごしました。
モハメドアリはイヤホンを耳につけ、音楽にあわせて体が揺れるように装って、周囲が気づかないようにしていたそうです。

私も、長い間、振るえを指摘されると「居酒屋さんが呼んでるみたいで…」と笑いにして、時には大判のスカーフで腕を隠していました。
「あ~!」と大事なお皿を落としてしまう事が多く、「粗忽物で…」と謝りながら、何かが体の中で起きている恐怖感に襲われていました。
なかなか診断がつかないまま何件も病院を回り、その都度検査を続けていました。


Imagine there's no heaven
It's easy if you try

想像してごらん、天国なんて存在しないと
想像しようとすれば簡単だよ。

人は想像できるから、人らしいです。

いろいろな症状があります。
これからも引き続き、暮らしのことと一緒にご紹介していきたいと思います。


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2008
05.20

中途半端

yotuba
私の抱えるパーキンソン病は、如何ともし難く中途半端な病気だと思う。
病名は耳にしたことがある、何となく聞いたことがあるけれど、実体は知らない。
お年寄りがなるらしい、動きづらくなるらしいと、一般には"らしい"病気なのです。
進行性難病というけれど、何より、"命"はとられない"らしい"。
命に関わらない病気は、健康な方たちには、恐怖感が薄いのは仕方がないのかもしれません。

「命を取られることがない」
これは、よく病名を宣告されるときに医師が私たちを安心させ、時に慰めるために使われるけれど、確かに今の治療環境でパーキンソン病で死ぬことはないのです。

だからといって、この病と共の暮らしを宣告された日から、私たち患者はこの病をひと時でも忘れるときは永遠に訪れないのです。

多くの難病が、徐々に動きを奪われ、死に向かう病気であるとすれば、パーキンソン病は、薬で数時間の自由を与えられ、徐々にその時間が短くなったり,その時間さえ自由ではなくなるとしても、その折り合いをつけながら、永遠に生き続けなくてはいけない病気なのです。
解放されることのない病気。

たった数時間でも動けるから、患者も健康な人と変わらない時間を過ごしたいと思うし、周囲もそれが当たり前だと思う。

「どうして、動くときにやらないの?」
「今まで動けたのに、どうして今動けないの?」

この病気は多くの人の期待と信頼を失います。

動けない時間が快適なら、その時間は次への充足の時間になるのですが、このオフの時間、患者は痛みや不安や、いつまで続くかわからないこの時間を悶々と過ごしています。
薬のおかげで、その悶々とした闇から抜け出たわずかな時間で、一日の仕事にあたらなくてはなりません。

常に気持をフルに高ぶらせ、常に臨戦態勢にいられれば、このわずかな時間でも有意義に過ごせると思うのですが、凡人の私は、痛みや不安から解消されては、やっと解放された、とばかりに、こうして駄文に向き合い、また動けなくなってから、"この時間にしておけば…”、と後悔の時間へと戻っていくのです。

中途半端な病気は結果として中途半端な人を作るのかもしれないけれど、それでも患者は十分に、病気と向き合いながら、精一杯日々を生きています。

薬の効いている時間は動けていても、不自由があることや、その症状が決して快適なものではないことも周囲にはなかなか理解してもらえません。
一つ一つの症状が、どれだけ暮らしに影響するのかも周囲の人には実感としてわからないようです。

命の重さと時間の重さ、病気や命に優劣はなくても、動ける幸せの時間を有意義に過ごせる人でありたいと日々葛藤中な私です。
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2008
05.16

選ばれし人

Category: 未分類
最近、海外では障害者を意味する「handicapped」「disability」 という言葉が、「チャレンジド(challenged )」という新しい言葉に代わりつつあり、「チャレンジド」(challenged ) とは、「神様から挑戦という使命を与えられ、試練を克服できる人」と敬意を込めて表現することが増えているようです。

パーキンソン病患者が障害者であるかということは、別の論議として…

チャレンジドが使命を与えられ、試練を克服する人ということであれば、私はパーキンソン病患者も「チャレンジド」と呼ばれるにふさわしい人たちだと思います。

今日はここ数日、季節外れの台風や冬に逆戻りかと思われた冷え込みから戻り、久しぶりにすっきりそした青空の広がる穏やかな日になりました。
私の心の中にも、昨日からぽっと温かなぬくもりに包まれて幸せな気持が満ち溢れています。

イルカ
昨日イルカさんのお話を聞く機会に恵まれました。
あくまでプライベートな本名のお話。
音楽漬けだった学生時代、シンガーソングライターとして、絵本作家として、妻であり、母であるイルカさんは、私にとっては幸せの形を、素朴に、素直に飾らずに表現している憧れの存在でした。

そのイルカさんの夫であるカメ吉君が私と同じパーキンソン病だったと知ったのは昨年の3月のこと。
"だった"と過去形で伝える悲しい報道でした。
それから1年、前の投稿でも紹介した「もう一つのイルカ物語」が上梓されるまで、私はずっとイルカさんご夫婦の20年の闘病がどんなものだったのか知りたいという衝動にかられていました。
「もう一つのイルカ物語」、出版後、何度読んだことでしょう。
ある時から私はイルカさんとご主人の暮らしの中に、病気を抱える夫と私の暮らしを見つけるようになり、そして、お父様の病気をしっかりと受け止め、介護の一端を担いながら、お父様の夢を自然に継がれた冬馬くんと息子達を重ねるようになったのです。

初めてお会いしたプライベートなイルカさんは、アーティストである前に、患者家族・介護者としての心遣いを伝えてくれました。
ベテランのP病患者家族として、参加者の薬の調整時間を心配し、自然に、誰よりも先に不自由な人に手を差し伸べ、温かな言葉をかけて下さいました。
その何でもない誰よりも目立たず差し伸べる姿が私には衝撃で、あぁ、本当にこの人は20年間、ご主人を支えていらしたんだなぁと思える一瞬でした。

暗くなるようなご夫婦の話も、アーティストですからと、お二人で医療用語でない幸せを感じられるような名前を考え、家庭の中に明るさを失わないように、アートな介護を心がけていらしたと笑いながらユーモアたっぷりに話してくださいました。

その昔、“良いときも悪いときも、富めるときも貧しきときも、病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、”と誓ったのだから、と、どんなことでも、まっすぐにお互いの気持を伝えあってきたこと。どんなことがあっても、「夫婦って時にはけんかをしても気がついたら一緒にごはんを食べて、普通の日々に戻っているものでしょう?」と逆に問いかけられてしまいました。

本当に素敵なご夫婦だったのですね。
「生きるとは努力することだから、素敵なところ、幸せなところを見つけて…」と何気ない一言に、20年ご主人の病気を支えていらした強さを垣間見た気がしまた。

hutatinooka

今までご主人の病気を公開していなかったことは、パーキンソンを恥ずかしいと思っていたのではなく、ご主人の気持と仕事などの状況で話せる機会がなかったこと、いつか病気が治ったら、皆さんにお伝えすればいいと、快気することを信じていたこと、今まで一度もパーキンソン病に嫌悪感をもったことがないことだけは、今日伝えたかったと言葉を選びながら話してくださいました。

今でも「おとうさ~ん」とすぐ側にいるように、いつもご主人の立場で大切にいとおしむように話しかけられるイルカさん。
よく「大変でしたね」と、介護者として労いの声をかけていただくけれど、どんな時でも何より辛いのは患者自身なんだと、お父さんに申し訳ないと語るご夫婦のつながりは、1年たった今でも東京と旭川と離れた暮らしのなかで共に支えあっていたように、天国と、現世という場所は違えど、変わらず続いているのかもしれません。

私はイルカさんとの時間の中で、ご主人のP病患者としての葛藤に自分を重ね、介護者としてのイルカさんの思いには同じ介護妻としての思いを共有しながら、2倍の心を受け止める機会をいただいた気がして、言葉の数々にとめどなく涙が溢れていました。

イルカさんが、アーティストとして、歌を通して人々に幸せや感動を与える使命を与えられた人だと見出したのはご主人でした。
前の投稿でも私はイルカさんに、どんな形でも話し続けてもらいたいと書きましたが、私自身がイルカさんの温かなものに包まれて、神様は新たに、ご主人の命を伝え続ける新しい使命を加えてくださったような思いを強くしました。

チャレンジドを支える家族もまた、神様からミッションを与えられた輝けるチャレンジドでなくてはならないのかもしれません。

この穏やかな温かさとともに、私にとって「もう一つのイルカ物語」が始まった幸せな時間でした。
心からこの出会いに、ありがとうございます。
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2008
05.12

生命の彩

書くべきなのか一日悩みました。
そんな気持でいる頃…
生命の彩
今日の夕方のニュースでALS(筋萎縮性側索硬化症)患者"中林基"さんの特集を見る機会に恵まれました。
中林さんは28年間、難病ALS患者として病気と向き合いながら、創作活動を続けていらっしゃいます。
病気になる前は皆さんが見覚えのあるクリスチャンディオールのパッケージデザインを手がけていらしたり、カネボウの花形デザイナーとして活躍され、病気になってからは、自宅天井のリフトからつるされた手にペンをくくりつけ、ペンを両手で包み込むように支えながら、点描画の用に繊細に書かれた作品は「生命の彩」として発表され、その描き出すときの中林さんの手と姿から、「祈りの手の画家」と呼ばれた方なのです。
生命のシリーズの画集や個展が注目されていた頃から数年、私の記憶からも忘れていたのでが…。

あれから数年、中林さんは病状もいっそう進まれ、あの長時間の集中力の求められる点描画をかかれることは難しくなり、最近では俳画の創作活動を続けられ、この度、日本タイポグラフィ年鑑2008にて、俳字で金賞を受賞されました。

動きを失うALS患者である中林さんは、28年の闘病生活で常に、奥様が中林さんの不自由な動きを支え、介助が必要です。俳字の創作活動も中林さんの手の動きにあわせて繊細に紙を動かし、創作活動をサポートされている姿が今日の放送でつづられていました。
エムナマエ
糖尿病で全盲となり、透析を続けていらっしゃるMナマエさんの創作活動も、見えないナマエさんの目の変わりになって、ナマエさんが指定される色番号のクレパスを奥様が一つ一つ手渡して、描かれているのを以前テレビで拝見したことがあります。

お二人に共通していらっしゃるのは、厳しい病状の中で、奥様のサポートの中で創作活動が続けられ、社会から必要とされている評価がきっとご自身の心の支えになられたのでしょう。
奇跡といってよいのでしょうか、発病より5年で8割の方が亡くなられるALS、糖尿病からの透析患者の5年生存率は60%といわれる中、中林さんは病歴28年、Mナマエさんは22年透析を続けていらっしゃるのです。
どんな病気になっても、家族と一緒に病気と向き合って過ごされる日々の中には、患者も家族も綺麗事だけではない葛藤や、お辛さもあり、小さな喜びやかすかな希望を大切に、無我夢中に過ごされた年月だったのではないでしょうか。

イルカさん 本
先週テレビに出演されたイルカさんの番組に対して、いろいろな意見がブログを飛び交っています。
様々な取り上げ方や、製作側への批判の意見、同病患者の受け入れ方は様々で、わたしもいくつかの場所でコメントさせていただいたのですが…。
病歴やそれぞれの状態、病気の受容など複雑な思いが交錯するのは、一人一人の患者さんの素直な表現だとわかっているつもりです。イルカさんへの批判ではなく、製作側への批判であることも。
そのことを否定しているのでないことは理解していただきたい。

そのうえで、でも…
患者はなぜか病気を抱えることになり、家族も病気を抱えた患者と暮らすことになったのか、その時間に遭遇した数々の心のひだは、他人には計り知れないと思うのです。
20年前イルカさんのご主人が発病された頃には、今のように薬も開発されていなく、若年患者の発症例も報告がほとんどなく、高齢者のパーキンソン病でさえ"3年で寝たきり、7年の命"と宣告されていた病気だったはずです。
今のような落ち着いた治療ではなくすべてが手探りの20年間の闘病だったこと、大黒柱が倒れ、歌集とプロデューサーと歌手して、仕事も私生活も24時間一緒だったイルカさんが介護をしながら創作活動を続けていらしたことはどれだけ気丈にご主人を信じ、愛情深いつながりがあったかと思わずにはいられないのです。

私はイルカさんや、社会的に影響力のある方々には、パーキンソン病に関わらず様々な病気と向き合って過ごされたことを、マスコミを通して話していただきたいと願っています。
どんな状況であっても、ご夫婦で越えていらした時間を多くの人に話していただけることで、患者に勇気を希望を与え、世の中に理解されがたい病状の一端や病名が多くの人の耳に一度でも伝わってくれるのであれば、頭を下げてお願いしたい。
それはどんなに一般の患者が、何千回声をあげても出来ないことだから…。

自分のパーキンソン病を説明するときに
「マイケルJフォックスがなっている病気なのよ」
「モハメド・アリがオリンピックで聖火を持つ手が震えていたでしょ」
こういうだけで、患者の日々の病状を伝えるよりも多くの方に理解してもらえるのです。

どこかで、イルカさんの歌声でコマーシャルが流れるたびパーキンソン病のご主人と二人三脚で活動されていらしたんだよね。と思い出してくれる人が1人でもいてくれるとしたら、歌詞そのものに
"皆おなじ、生きているから、ひとりに一つずつ大切な命"と、自分の命をいとおしんでくれるとしたら、私はイルカさんにこれからも語り続けてもらいたいと願っています。
いろいろと聞きたくないことも耳に入るかもしれません。
それでも、語り続けてください。なにとぞ、よろしくお願いいたします。
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2008
05.11

ご無沙汰してました。

Category: つぶやき
カプチーノ

4月中はばたばたと過ごし、落ち着いてブログに向き合う気持が出来ず、
といっても他のブログやmixiにはアップしていたのですが…
又少しずつ追いついていきたいと思います。

いつもごめんなさい。
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