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2008
11.05

生きているから

Category: つぶやき
ここ数日、心に残る番組二つ。

一つ目は、澤地久恵さんのインタビュー

20代からの3回にわたる心臓手術を超えての現在までの話。
心臓手術の歴史と共に命を支えられながら、ひたすら書き続けた日々。
「闘病という言葉は嫌い。
 生きているからこそ、病気になれる。
 書くことは、与えられた天命として、伝えているだけ。」

心臓喘息で横になることが出来ず、ベットの上で座ったまま、寝るでなく、ひたすら書き続けた人生。
ミッドウェー海戦の全戦没者を特定する旅など、海外への精力的な取材を重ねていたご様子なども、常に通訳者が介護者として付き添っていたという話を聞き、まっすぐな信念の強さにただただ感銘を受ける。

もう一つは、「長門裕行、南田洋子夫妻のドキュメンタリー」
長門

少し前に、たまたま実母がいたために見た「徹子の部屋」で南田洋子さんが痴呆が進んでいると告白した様子を拝見していた。
「昨日の洋子と今日の洋子は確実に違う」という言葉が心に残った。
ドキュメンタリーで
「手の隙間から、どんどんこぼれていく記憶を、周りで一生懸命集めては、洋子の手のひらに戻すんだけれど、切ないな…」と言葉に詰まった。元気だった頃から撮り続けた、若い頃の女優として輝くビデオ。
南田洋子さん自身が、長門裕行さんのお父様の介護を長く続けられていた体験記を以前に読んだことがあった。
大スターだったお父様の変わった姿を誰に話すことも出来ず、一人介護を抱えながら女優を続けられたこと。消毒液の臭いの消えない南田さんが楽屋に入ると、誰もが無言で席を外したことなど、強く記憶に残っていた。
その南田洋子さんが今、介護をされる立場となっている。
その姿は女優としていつも美しかった姿とは別の姿があった。
ご主人の長門さんにしかわからない言葉。
南田さんの変化。
京都の家に今もそのまま残るお元気だった頃の着物を見ながら涙をこらえる長門さん。
演出もあるだろうし、いまだ専門医に見せていないなどすべてがその通りではないだろうし、恵まれた暮らしの中での介護と一般人の介護生活を一緒には語れないけれど、それでも、最後は夫婦で肩を寄せ合い年を重ねるしかないのかな、そこに長年の歴史があるんだろうな。

病を抱えながら年を重ねる二つの姿をみながら、胸にささった何かをどうしたらいいのか、ちょっと扱いあぐねている。
こういう番組、見なければいいのにと思いながら、ついつい見てしまう。
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コメント
おひさしぶりですわたしも長門、南田夫妻の番組には考えてしまうものがありました。今私は嫁ぎ先を追い出されて東京の実家にいて主人とは別居していますだんなは父親には何もいえない人なのでべつに嫌いで別居してるわけではないのですが・・・
にっきーdot 2008.12.06 07:37 | 編集
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